長谷川奏さんの講演です。
イドゥク湖沿岸コーム・アル=ディバーゥ遺跡は、アレクサンドリアの東方
約30kmのデルタ地域に位置するヘレニズム時代の集落遺跡で、かつて
イドゥク湖の内湾に面した砂丘上で養殖場として利用されていました。
デルタのあたりを調査しており、砂丘が広がっているが、どんどんなくなって
いってます。内陸側の砂丘の調査をしているが、建物が残っておらず、
踏みつぶさないよう裸足で調査をしています。
アレクサンドリアは海に面していますが、裏側は広大な湖が広がっており、
現在このあたりを調査しています。人口はイスマイールの時代に半減し、
今では8万人ぐらいです。オリーブやブドウ畑とは違って氾濫が起こる
厄介な場所です。
地図があるので、それを元にヘレニズム文化の調査を行い、砂丘は
1960年ぐらいまでに削減されて果樹園になりました。環境の変化によって、
かつて人が住んでいた地域が遺跡になったのか追求をしなければならないです。
内部砂丘に遺跡がありますが、ナイル川沿岸とは違い、海の浸食を受けて
水が引きました。塩が検出されるので、農業ができない場所なので、
漁業などをやっていました。
カノプス支流は交通路で、ストラボンが交通の要衝からメンフィスまで
この道を利用しました。北についてはほとんど書いていません。
コーム・アル=ディバーゥ遺跡を7、8年調査しました。ヘレニズム、
プトレマイオス朝、ローマ時代が一番活発で、そのあたりが活動時期でした。
物理探査、磁気探査を行い、神殿のような遺構を発見し、水に浸かりそうな
場所にあります。この遺構が何なのかは今後調査します。38cm×20cmぐらいの
レンガを使っており、アクロポリス的に造られています。
ナオス(ヘレニズム時代に建造されたと推測される祭祀施設)の周りに住居が
あり、北側にランドマーク的な物があります。
2023年8月に東側の砂丘の列あたりを発掘調査を行い、神殿や住居の研究を
していましたが、ナオスは単純だと思っていましたが、複合していました。
仮説としては、傾いた軸線が戻っていました。
黒い液体が検出されましたが、このあたりがナオスの一番古い建築では
ないか?サイス政権の時代の建物ではないか?ということで今後調査を
していきます。
あと、赤塗りの陶器が発見され、オファリング(捧げ物)ではないかと思われ、
果汁を発酵させてのお酒を造っていたと思われます。プトレマイオス2世の
治世頃かと思われるアンフォラが発見されました。
2025年夏に西側を調査し、大体の部分の調査が終わります。
東に傾いている痕跡が見つかっており、さらに下った所に建物の痕跡が
あると思われるが、複雑な構造をしており、本調査を行います。
生活の痕跡としては、ローマ時代の石片やナオス周辺から貝殻がたくさん
発見されています。あと、コインの修復を夏休みを利用して子供たちに
手伝ってもらいました。コインについては、コインを研究している人の
研究結果を待っています。
イドゥク湖沿岸コーム・アル=ディバーゥ遺跡は、あまり脚光を浴びていない
遺跡かなという思いですが、湖の内湾に面した砂丘上に集落があったのは
驚きでした。「ナオス」という祭祀施設があるのは知らなかったです。
またここからの発見が古代エジプトの歴史や生活を解明していくかなと
思いました。
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