近藤二郎さんの講演です。
2024年の秋、冬から第15次調査に入り、4年間の調査の後の調査に入り
ましたが、5mの堆積物が除去できていないのとアメンヘテプ3世治世末期の
大型岩窟墓、ウセルハト墓(TT47)とコンスウエムヘブ墓(KHT02)の調査
を行います。
ウセルハト墓の調査は、全体的に埋没していたため、2年後の2014年に
100年ぶりの発見となりました。コンスウエムヘブ墓は、クリーニングを
しないといけない状態で、2017年に開始しました。
2022年10月にウセルハト墓の調査が始まりましたが、右側に大きな亀裂が
入っていました。そのためにリンテル部分にアメンヘテプ3世の即位名が
ありました。崩れる恐れがあったため、入り口に向かって発掘できません
でした。そこで、アングル(アングル材・鉄材)を用いて
リンテル(楣石:入口上部の石材)を支え、修復をしました。これで内部の
発掘、調査ができるようになりました。
そして、南側でウセルハトの頭像を発見しました。頭部は完全に破壊され、
手は人物の形をしていました。これは、ハトシェプスト女王の削除の時に近い
状態です。名前や人物像は破壊されていました。
ウセルハトは、テーベで抹殺されたと思われ、墓は破壊され、未完成になって
おり、アマルナ時代直前の装飾となっています。内部の堆積物を除去し、
発掘したら石灰岩製のヒエラティックで書かれたオストラコンで
「アメンエムハト1世の教訓」の冒頭部分が書かれていました。
また、右側には「シェス」という書記の名前が書かれており、2行目、3行目
には、2つのカルトゥーシュが認められ、2行目が「即位名」で
「セヘテプイプラー」、3行目が「誕生名」で、中王国第12王朝初代の
アメンエムハト1世のものであることが判明しました。
また、葬送用コーンが発見されました。
コンスウエムヘブ墓の調査は、2017年に修復を開始し、墓に散布した破片を
繋ぎ合わせました。奥壁南側の入口が大きく崩落し、今後大規模に修復を
行います。大きな空洞があり、数年後に部屋が崩落する恐れがあるため、
焼きレンガや鉄ホールを入れて修復をします。
東側に多数の破片があり、今後大勢の人間で、イタリア人、スペイン人の
協力を得て調査いたします。ラマダンの前日に調査の許可が下りました。
今回は、エジプト、アル=コーカ地区のウセルハト墓とコンスウエムヘブ墓
についての講演でしたが、2つの墓両方ともだいぶ崩落していて修復が
大変なのだなと思いながら聴いていました。その中にあっても様々な発見は
しているのだなと思いました。しかし、ウセルハトは、なぜここまで抹殺
されているのだろうか?アマルナ時代に起こった破壊によるもの?とか
思ったりして、それが悲しいです。
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