花坂哲さんの講演です。
アコリス遺跡は、ギザとメンフィスの間にあり、カイロから南へ約230kmの
所にあります。2023年は、セキュリティ部門の許可が出なかったため、
2024年から調査を始めました。
岩山の西側に岩窟墓やマスタバ墓があり、新王国時代や第3中間期、
プトレマイオス朝時代の墓や神殿が発掘され、岩山と岩山の間が調査域でした。
北と南のゆるやかな斜面に日干しレンガの遺跡が発見されました。
紀元前1200~紀元前700年、第3中間期の埋葬遺構が発見され、墓もたくさん
発見されています。
南区は、末期王朝時代やプトレマイオス朝時代の岩窟墓があり、上から
落ちてきた石灰岩を取り除いて今の発掘に続きました。
2022年 東側を発掘
2024年 西側と東側を発掘
亜麻の糸くずなどがたくさん発見され、亜麻の生産工場がありました。
2mほど掘り下げたが、日干しレンガしか出てきませんでした。2022年に
だいたい掘りましたが、2024年にさらに下に掘り、植物の玉、糸の玉を
発見しました。糸織物をやっていたのではないかと思われます。
レンガの列が東側に続くことを調査しました。
24東区、24西区には壁があり、西方で小さい部屋がありました。
南には壁があり、延長戦になりのではないかと思いました。
24東区には、火を焚いた跡があり、24西区にはふわふわした層があり、
家畜小屋がありました。豚かヤギを飼っていたと思われます。
また、亜麻製の寝具、土器や護符、釣り針、マットレスかカバーが
ありました。
24東区には、24-G1と24-G2の2基の墓が発見され、第3中間期の墓と
考えられます。
24-G1は、木棺はきちんとした物を転用しており、女児の埋葬が320cm×122cm
の亜麻布に包まれていました。また、靴、ネックレスが出ていました。
ミイラが大きな布で包まれていて、CTスキャンを撮った後で布を取りました。
ミイラを乗せた後で包んでいました。布は、60cmぐらいにカットして布を
2つ折りにして両方をまつり縫いしています。
ミイラは、両脇と股間に褐色の毛束が置かれていました。子供を悼んで
置かれたのではないかと思われます。
24-G2は、ミイラが発見され、ミイラは小児麻痺があったと思われますが、
検討が必要です。1ドラクマの半分の「3obols」と読める単語が含まれており、
お金に関する文字がデモティックによる書き付けで発見されました。
岩山北裾に残る西方神殿域の岩窟チャペルE(中王国時代)の奥室は、ワニの
ミイラの保管庫に転用してありました。
アコリス遺跡のあたりでは、亜麻の生産工場があって、亜麻布や亜麻の糸、
糸織物をやっていたのではないかと思われる所が興味深かったです。
24-G1、24-G2ではミイラが発見されたりお金に関する書き付けがあったり
とかも興味深かったです。またさらなる発掘の成果が楽しみです。
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