| 今回は、歴史ネタ、ローマ教皇史における「鉄世紀」について書こうと 思います。
 
 「鉄世紀」ですが、枢機卿バロニウスがその著書「教会年代記
 (Annales ecclesiastic)」において「教皇権鉄の時代」と呼びなしたことに
 よるもので、「鉄世紀」とか「鉄の時代」とも呼ばれます。この時期は、
 ローマではクレスケンティウス、テオフィラクトゥスといった有力貴族が
 その政治的野望を達成するために、あるいはそれを妨害せんとする教皇に
 報復するために、教皇を勝手気ままに選出、廃位、殺害していた時期です。
 時期としては、「ローマ教皇事典」では、867~964年、ヨハネス12世が
 亡くなるまでとしていますが、僕は、個人的には
 対立教皇ボニファティウス7世が亡くなるまでの985年までとしても
 良いように思えます。その間に殺害された、殺害されたと思われる教皇は
 10人に上ります。
 
 そんな「鉄世紀」を象徴する出来事として4つ、死体裁判、
 教皇ステファヌス8世(9世)の殺害、ヨハネス12世の廃位、
 対立教皇ボニファティウス7世の登場があると思います。
 
 ●死体裁判●
 イタリア中部スポレトのグイード3世は、ステファヌス5世(6世)に
 強いて自分を皇帝に戴冠させたが、892年には次の教皇フォルモススに
 息子ランベルトを副皇帝に戴冠させるよう迫りました。そこでフォルモススは
 東フランク王のアルヌルフに助けを求めますが、アルヌルフが脳溢血のため
 達成できず、フォルモススも894年4月に死去します。そして、次の次の
 教皇ステファヌス6世(7世)は、ランベルトの傀儡でランベルトはこの
 教皇を利用して、897年フォルモススの遺体を掘り起こして、教皇の衣服を
 着せて裁判を行う「死体裁判」を行いました。フォルモススは有罪とされ、
 死体の手足を切断した時にイタリアに地震が起こり、これこそ神の怒りだと
 信じたローマ市民が暴動を起こしてステファヌス6世(7世)の廃位を
 要求しました。スポレト派はステファヌス6世(7世)を廃位、絞殺して
 います。フォルモススの遺体は、テヴェレ川に投げ込まれましたが、数日後、
 一人の隠修士によってサンピエトロ大聖堂の墓所に埋葬されます。
 
 ●教皇ステファヌス8世(9世)の殺害●
 教皇ステファヌス8世(9世)は、ローマを意のままに操っていた貴族の
 アルベリック2世によって教皇位につけられたが、942年10月に唐突に死去
 しています。アルベリック2世の不興を買って廃位され、手足を切断されて
 絞殺あるいは餓死されられたものと思われます。
 
 ●ヨハネス12世の廃位●
 アルベリック2世の私生児で、臨終の床で、その私生児を次の教皇に
 するように誓わせ、教皇に就任しました。それがヨハネス12世です。
 ヨハネス12世は。ドイツ王オットー1世を神聖ローマ皇帝として戴冠し、
 同盟を結びますが、963年、ヨハネス12世がイタリア王ベレンガリオの息子と
 陰謀をめぐらしていることを知って激怒したオットー1世は、ヨハネス12世を
 廃位し、レオ8世を教皇に立てました。翌年、ヨハネス12世がレオ8世を
 追放し、一時教皇位に返り咲いたがその年のうちに27歳で脳卒中で亡くなって
 しまいますが、殺されたのではないかとも言われています。
 
 ●対立教皇ボニファティウス7世の登場●
 対立教皇ボニファティウス7世は、クレスケンティウス家の後ろ盾で教皇に
 なりましたが、皇帝派は、ベネディクトゥス6世を選びます。そこで
 クレスケンティウス家ベネディクトゥス6世を捕らえ、ボニファティウス7世
 を聖別します。そしてベネディクトゥス6世を殺害します。これに怒った
 ローマ市民は、ボニファティウス7世を追放しますが、984年に復位し、
 時の教皇ヨハネス14世を殺害します。こうして1年ほど教皇の座に居座り
 ますが、985年に暗殺されたか暴徒に殺されたかで亡くなっています。
 
 
 「鉄世紀」ですが、このように廃位や殺害が多く行われて、まさに
 教皇としては生きづらい時代だったと思います。それは、鉄世紀から東西教会
 分裂までに47人が教皇に就いたこと、教皇の在位期間の平均は3年10ヶ月と
 いうことからも明らかです。この時代の教皇は、教皇職を後の世代につなげた
 ことが最大の功績とも言われていますが、まさにその通りだと思います。
 後には、インノケンティウス3世やボニファティウス8世が登場し、教皇権が
 全盛期を迎えたり、アレクサンデル6世やユリウス2世といった強烈な個性を
 持ったルネサンス期の教皇が登場したりしますので、それもこの暗黒時代が
 あったからだと思います。教皇史の血塗られた1ページですが、それをも
 乗り越えて教皇職を強いものにし、今に繋がっているのだと思います。
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