16.アックラマティオで選出された教皇
今回は、アックラマティオで選出された教皇について書こうと思います。

アックラマティオ(喝采)というのは、教皇選挙会議(コンクラーヴェ)に
おける教皇選出の方法の1つで、3つの方法がありました。

1.発声の満場一致による決定(アックラマティオ(喝采))
 枢機卿たちがいっせいに新教皇の名前をあげて満場一致した場合に、
 その結果を聖霊の働きによるものとして承認する方法。

2.1.が出来なかった場合の、妥協による決定
 選挙が泥沼化しそうだと判断した場合、枢機卿団の中から選挙委員会を
 選び出して選出を主導してもらう方法。

3.投票による決定
 今の教皇選挙として理解されているもので、全枢機卿が匿名投票を
 繰り返して教皇を選び出す方法。

で、アックラマティオと妥協は、先々代の教皇ヨハネ・パウロ2世によって
廃止され、現在は、投票のみで選出されます。

あと、よくアックラマティオで選出された最後の教皇は「グレゴリウス15世」
となっているものが多いのですが、実は、「インノケンティウス11世」が最後
なんですよね。

そして、アックラマティオで選出された教皇ですが、以下の通りです。

●聖ファビアヌス●
在位236~250年
教皇尾を選ぶ集会に集まった時に彼の頭上に1羽の鳩が止まり、彼を教皇に
選ぶようにという徴だとしてファビアヌスが選出されました。これが最初の
アックラマティオだと言われています。その後はカタコンベ(地下墓地)の
大改修を行い、ローマ教区を7つに分け、それぞれに助祭と助祭補を
配しました。250年にはローマ皇帝デキウス帝の激しい迫害によって
殉教します。

●聖グレゴリウス1世●
在位590~604年
こちら

●聖グレゴリウス3世●
在位731~741年
前教皇グレゴリウス2世の葬列が進む中でローマの群衆が彼を取り囲み、
群衆によって教皇選挙会議に連れていかれ、アックラマティオで選出
されました。聖画像破壊(イコノクラスト)問題でビザンツ皇帝レオン3世と
対立しますが、ランゴバルド王国が攻めてきた時は、ビザンツを助けたことで
聖画像破壊問題で譲歩することなくレオン3世の敵対関係を殺ぐのに成功
しますが、今度は、ランゴバルドに攻められるおそれがでてきたため、
防衛手段を講じることになりました。

●聖グレゴリウス7世●
在位1073~1085年
まだヒルデブランドを名乗っていた時ですが、教皇レオ9世のときからの
実力者で、さまざまな改革に尽力し、教皇にも何度か選出されますが、
そのたびに辞退していましたが、1073年に満場一致で選出されることに
なりました。大教皇グレゴリウス1世に因んでグレゴリウス7世を
名乗りました。聖職売買、教会資産の横領、蓄妾制、異端に対しては
精力的に戦いを挑みこれらをなくすための改革を行いました。
これを「グレゴリウス改革」と呼ばれています。また、世俗の権力による
聖職者の叙任を禁止す法令を出しましたが、これによって神聖ローマ皇帝
ハインリヒ4世と対立することになり、「カノッサの屈辱」が起こります。

●グレゴリウス15世●
在位1621~1623年
在位期間は短かったが、日本への宣教で知られるフランシスコ・ザビエル、
カルメル女子修道会のアヴィラのテレサ、イエズス会を創設した
イグナティウス・デ・ロヨラ、オラトリオ会を創設したフィリッポ・ネリを
聖人の列に加えました。

●クレメンス9世 あるいは 10世●
在位1667~1669年 あるいは 1670~1676年
Wikipediaだとクレメンス10世がそうだと書いてあるのですが、
ローマ教皇事典を見てると妥協で選出されたと書いてあるのですよね。
ローマ教皇歴代誌もそうです。そして、クレメンス9世が満場一致で選出
されたとありますが、どっちが正しいのだろう??

クレメンス9世は、フランス国王ルイ14世がフランスにおける教皇権の縮小を
図っていたのですが、「クレメンスの和平」と呼ばれる妥協案に
こぎつけました。

クレメンス10世は、ヨーロッパにおける平和の維持とオスマン帝国との対決に
尽力しました。

●福者インノケンティウス11世●
在位1676~1689年
教皇選挙会議中に祈っていると、枢機卿たちに取り囲まれて教皇の宣言を
受けたと言われます。そして、14ヶ条の改革案に枢機卿たちの承認を得てから
教皇になりました。教会の改革と教皇権の防衛を熱心に行った
教皇でフランスにおける教皇権の縮小を図る政策に異議を唱えたり
フランスのプロテスタントの容認令を廃止を知るとプロテスタントの信徒を
守るために反対をするなど、カトリック教会を良くするために、そして
プロテスタントも同じキリスト教徒として擁護しようとしました。
この教皇ですが、大好きです。

アックラマティオは、めったに起こらないかなりまれなケースなのですが、
やはりそれで選出された人は、聖人、福者であることが多いですね。
そして、この選出方法は、聖霊の働きによるものとも言われていますので、
この選出方法は、間違いなかったのかなと言う気がします。
今回、まとめたかったので、まとめました。


●参考文献●
「ローマ教皇事典」 三交社
コンクラーヴェ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7
Acclamation (Papal elections)
https://en.wikipedia.org/wiki/Acclamation_(Papal_elections)
write:2019/04/21 rewrite:- update:2019/05/06


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