66.古代エジプト史と他の歴史と重なる所
今回は、古代エジプト史と他の歴史と重なる所について書こうと思います。

以前にmixiのコミュニティ「世界史・日本史・歴史好き」で古代エジプト史・
第26王朝のざっくり解説を書いた時にこのようなことを書きましたが、

アプリエスは、リビアの植民都市キュレネにも軍事遠征を行いますが、
大敗北を喫しました。幾度の戦争に連敗し続けたアプリエスは、エジプト兵の
不平不満を買い、反乱が起きました。この反乱を鎮圧するために、
将軍アマシスが遣わされましたが、アプリエスに背き、反乱軍のリーダー
となりアプリエスから王位を奪い、アマシスが王位に就きました。


これを見ていてアマシス(イアフメス2世)は、日本史で言えば足利尊氏を
彷彿とさせるなと思いました。足利尊氏は、後醍醐天皇を討伐するために
京に向かいますが、後醍醐天皇方に寝返って鎌倉幕府に反旗を翻したり、
また建武の新政の時は、後醍醐天皇のやり方は良くないと反旗を翻して
室町幕府を成立させた所はアマシスと重なります。

あと、以前に第1王朝のざっくり解説を書いた時ですが、古代ローマの
アントニヌス・ピウスの治世と重なると思いました。第1王朝も
アントニヌス・ピウスの治世も特に大きな事績は無いのですが、
安定した国土の統治を行っていたという点で共通すると思いました。

このような点で古代エジプト史と他の歴史と重なる所はあるかなと思いました。
コミュニティ「世界史・日本史・歴史好き」の副管理人の赤福パフェぞうさんは、
このような他の歴史との共通点を見つけるのが本当に上手いのですよね。
色々な歴史を知っておられると言いますか。ちょっとそれに乗っかって、
気が付いた点は書いたりしたかなという思いです。
write:2026/03/17 rewrite:2026/03/20 update:2026/03/22


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