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| 34.アックラマティオで選出された教皇 その2 | ||
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今回は、アックラマティオで選出された教皇について、色々と調べていたら 新たに分かったことがあったので、今回はそれに書こうと思います。 アックラマティオ(喝采)というのは、教皇選挙会議(コンクラーベ)に おける教皇選出の方法の1つで、3つの方法がありました。 1.発声の満場一致による決定(アックラマティオ(喝采)) 枢機卿たちがいっせいに新教皇の名前をあげて満場一致した場合に、 その結果を聖霊の働きによるものとして承認する方法。 2.1.が出来なかった場合の、妥協による決定 選挙が泥沼化しそうだと判断した場合、枢機卿団の中から選挙委員会を 選び出して選出を主導してもらう方法。 3.投票による決定 今の教皇選挙として理解されているもので、全枢機卿が匿名投票を 繰り返して教皇を選び出す方法。 で、アックラマティオと妥協は、先々代の教皇ヨハネ・パウロ2世によって 廃止され、現在は、投票のみで選出されます。 そして、前回書いた日記では、このようなことを書きました。 あと、よくアックラマティオで選出された最後の教皇は「グレゴリウス15世」 となっているものが多いのですが、実は、「インノケンティウス11世」が最後 なんですよね。 当時これを書いたのは、「ローマ教皇事典」でもアックラマティオで 選出された最後の教皇は「グレゴリウス15世」となっているのですが、 この本の「アックラマティオ」の項目では、インノケンティウス11世が アックラマティオで選出される経緯が書かれていたので、なんかおかしいなと 思ったからです。 ですが、「グレゴリウス15世」は、枢機卿たちが事前の協議や投票なしに、 聖霊の直接的な霊感によって一斉に宣言した、という厳密な意味での 「最後の純粋なアックラマティオ」で選ばれた教皇ということでした。 その後、グレゴリウス15世は、規則を改定し、アックラマティオの場合でも 書面投票による確認を義務づけました。そのことで、純粋なアックラマティオ で選ばれた教皇はグレゴリウス15世ということになります。 その後、アックラマティオで選ばれた教皇は、クレメンス10世、 インノケンティウス11世の2人がいます。 クレメンス10世の場合、コンクラーベの外で人々が突然叫んだ 「アルティエリ・パパ」によって決まったとされ、それは枢機卿たちによって 確認されています。ちなみに、「アルティエリ」とは、クレメンス10世の本名 の「エミリオ・アルティエリ」より、「パパ」はローマ教皇の意味です。 インノケンティウス11世の場合、コンクラーベの礼拝堂で彼が祈っていると、 枢機卿たちが彼を囲み、彼の抵抗にもかかわらず、全員が彼の手を一斉に 接吻をして「教皇」と宣言をしたものです。 なのでこの2人の場合、「純粋なアックラマティオ」ではなく、 準アックラマティオや事実上の全会一致宣言に近い形でした。 そんな感じで、これでアックラマティオで選出された最後の教皇は 「グレゴリウス15世」となっている理由が分かりましたし、謎が氷解 致しました。なので良かったですし、僕もまだまだ分かっていなかったのだな という思いです。 <参考> アックラマティオで選出された教皇 こちら 「ローマ教皇事典」 三交社 コンクラーヴェ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7 Acclamation (Papal elections) https://en.wikipedia.org/wiki/Acclamation_(Papal_elections) |
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| write:2026/01/15 | rewrite:- | update:2026/01/31 |